2006年08月07日

宗教にハマる心理

「またか」って感じですが、摂理とかいう新興宗教に関する記事がマスコミを
賑わせています。細かいことには興味ありませんが、何でこんなものにハマって
しまうんでしょうか。私にとっての宗教は、年に1度か2度、神社にお参りする
ことと、寺に墓参りをすることくらい。仏教と神道が混ざってますが、自分には
大したことではありません。宗教美術の素晴らしさはキリスト教もイスラム教も
仏教も共通です。だから「ない方がいい」などと言うつもりはありません。

問題はしばしば争いのもとになったり、人を騙して金儲けに利用されたりして
いること。それを考えると「ない方が…」と言いたくなる気持ちは理解できます。
人が何を信じようとそれは個人の勝手だけど、とにかく「他人を巻き込むな」と、
声を大にして言いたい。私も○価△会の信者にしつこく勧誘された嫌な経験が
あります。

それで本当に参ったのは、私の母が仏教系の某宗教にハマった時。真面目な顔で
「あんたも神の力にすがってみない?」なんて言われた時は、本当に悲しかった。
私が札幌を離れて東京に出た一因でもあります。とにかくあまりにしつこかった。
幸いにも、今はもうほぼ抜け出しているので、実家に帰っても落ち着けるように
なりましたが、身近に宗教を盲信する人がいると本当に疲れます。

心の拠りどころ…なんでしょうか。身近な人の健康や安全を祈る気持ちだったり、
寂しさや心細さから人の集まるところに近づいたり、何か超常的なことを求めて
いたり、理由は色々あるんでしょうが、つまるところ「自分を安心させるため」
という理由に行き着くと思います。神社で柏手を打つのも、戦争に行く息子の
無事を願って祈りを捧げるのも、自分の気持ちを落ち着けるため、何かせずには
いられないからでしょう。

「神」という全てを越えた存在を創り出して、それに仕えさせることによって
安心を与える。私の定義する「宗教」はそういうものです。神社で賽銭を投げて
柏手を打って、それで何かが叶うなどとは思っていません。ただ今年1年が良い
年であればいいな〜と、そういう気持ちになるために神社に行きます。墓参りも
同じこと。花を生けて、お供えをして、手を合わせたからといって亡くなった
人が生き返るわけじゃない。ただ時々その人を思い出したいだけだ。


人のそういう純粋な気持ちを利用するクズが、宗教の世界には常に存在する。
宗教で奇跡など起こらない。冷静に慎重に距離を保つべきでしょう。


posted by 千酔亭 at 21:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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